ぶるーと通信Vol.130 情熱は小出しにする | ぶるーと整体院・鍼灸院・整骨院 | 名古屋市西区で健康を作る

ぶるーと通信Vol.130 情熱は小出しにする


明生人嘉

▼こんにちは、ぶる~と通信編集長の佐藤嘉洋です。私は2013年5月から『#辞書の旅』を始めております。これは国語辞典を1日1ページずつ読み、さらにそこから2語抜き出して、独自の解釈・考察・小説を挟みSNSにアップするというものです。2018年1月にはとうとう新明解国語辞典第7版を序文から付録まで1ページも余すところなく完全読破しました。

▼その翌日から、今度は明鏡国語辞典第2版を毎日1ページずつ読み進めており「ました」。なぜ過去形を使ったかというと、先日「か」行に突入したときに、私は一つの決断したからです。1日1ページから1日2ページ読み進めよう、と。

▼スピードは倍になります。これを毎日続けられるなら、私は空前絶後、前人未到の領域へと進むことでしょう。新明解で十分に力は養えました。いわば毎日「言葉の筋トレ」をしていたといえます。今の私ならできるはず。私は自分を信じています。この気狂いじみた継続のコツを皆さまにお伝えするならば、情熱は小出しにするということです。無理はあまりしないことですね。

整体院で何ができるの? 教えて院長!

ぶる〜とは施術スタッフ全員が鍼灸師・あんまマッサージ師の免許を保持しており、段違いの効果を期待できます。ぜひご体感ください。また、当院は鍼灸院としての登録も済んでおり、自己治癒能力を向上させられるはり治療も行っております。

不調が現れてからよりも、これからは予防のためにも整体を活用していく時代です。

『健康は自分で作る』という意識改革をしていきませんか?

私たちにそのお手伝いをさせてください。

急性の怪我(ギックリ腰、寝違え、突き指、捻挫など)に関しては、これまでと変わらず整骨院として対応させていただきます。皆さまにとって頼りになる存在でありたいと願っております。お気軽にご予約ください!!

#辞書の旅 ジャア金ヤルカラ同情されろ

同情…差し迫って困っている相手の苦しみ・悩みを、相手の立場に立って理解し、そのうちによい運がめぐってくることもあるのだからあまり悲観的にならないようにという気持をいだく(言動に表わす)こと。

【考察】

当事者にとっては大事でも、他人にとっては些細なことに見えたりする。たとえば失恋。

世の中には男と同じくらいの女がいて、女と同じくらいの男がいる。その人と同じ人はけっして現われないが、その人よりも素晴らしい人はたくさんいる。また、その人のことを無理に忘れる必要もない。一度しかない自分という「小説」に現れた素敵な登場人物じゃないか。

その人の幸せをずっと願って、静かに愛し続けていればいい。「君が幸せならそれで構わない」と静かに思えたなら、誰にも迷惑はかからない。

自分を成長させよう。育てよう。そして好きになろう。

同情を得るために、挫折からいつまでたっても立ち上がらないで、ついには相手を攻撃しだしたり、過去に悔やんでばかりいるのもいいだろう。「同情」する方も、いい加減疲れてしまうけれどね。しかしそれも人生だ。好きにしたまえ。私は進む。傷つきながら。泣きながら。

どうせ「同情」するならば、「同情」しがいのある人に「同情」したいものだ。

近況報告

K-1で大活躍したマイティー・モー選手が、試合前の調整にJKF池下で汗を流しました。

佐藤マネジャーとは2007年以来の再会。

のときはTVの収録で喫茶アミーで食事をしてくれました。

二人は久しぶりの邂逅を喜び、モー選手のマネージャーが佐藤マネジャーに「キックを教えてやってくれ」と頼んでいたので、佐藤は恐縮しながらもミットを持ち簡単なアドバイスをしていました。

練習後はチームの方が清掃までしてくれて、スタッフ一同感動していました。

佐藤マネジャーの弁

「教えたことをすぐさま実行に移すことができるだけあって、さすがトップファイターでしたね。年齢を踏まえると衰えは隠せないと思いますが、それでもやっぱりリング上で相対すると迫力ありましたねえ」     文・佐藤嘉洋

超超人思想

勇者は笑う。笑える。

いつ何時も。

 

邪魔だ、どけ、俺の人生だ。

 

でももしよかったら、

一緒にどうですか?

編集長・佐藤嘉洋略歴

1981年生まれ。AB型。一人っ子。女子ウケ悪し。名古屋市西区生まれ北区育ち。

若葉中学時代にキックボクシングと出会い、1998年にアマチュア全国大会を最年少で

2連覇後、高校3年生でプロデビュー。1999年度新人王。

名城大学3年生のときにドイツで世界タイトルを奪取。以後17年間に渡りキックボクシングの世界タイトルを4階級制覇(うち3つはアウェイのドイツ・イタリア・中国)。

2005年からは別競技のK-1に転向。2006・2007年K-1MAX日本トーナメントを連覇。

2008年、宿敵ブアカーオから世界で唯一KO勝利を飾り、魔裟斗との日本人頂上対決も実現。世界トーナメント第3位。2010年、K-1MAX世界トーナメント準優勝。

2007年『明るく生こまい』を経営理念として会社設立。西区でぶる~と整体院、喫茶アミーを経営。以後、2011年に新瑞橋、2018年に池下でキックボクシングフィットネスジムJKFを開業。JKは元々、中学から敬愛する師匠・小森次郎のイニシャル。守破離返を実践。2013年、講談社からTwitterでスカウトされ、『悩める男子に捧げる1001のローキック』で作家デビュー。以後、雑誌・Webなどで連載コラム多数。

2015年、プロキックボクサーを引退。その珍しい経験から導かれた人生哲学を伝える側に回り、講演活動、社員研修講師など多数。2016年、立ち技格闘技イベント『名古屋Krush』の大会実行委員長に。2017年、空き巣被害でヤフートップに。2018年、新明解国語辞典第7版を完全読破。一般社団法人日本キックボクシング選手協会設立。

現代ビジネスでバカなことを真剣に語るコラムを連載中‼️

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