ブルート通信217 月への考えが変わった日

有我秀雄 先生
ありがひでお

今月の一言
今年の稲沢国府宮はだか祭りは3月1日です。日曜日の開催は珍しく、天気がよければ大勢の人で賑わいそうです。

小俣与葵 先生
おまたよしき

今月の一言
侍JAPAN、WBC連覇に期待!

 

明生人嘉 ~ Myojo Jinka 145 ~
月への考えが変わった日

広辞苑の辞書の旅も、ついに「は」行を読み終えた。今号の作成前、私は密かに悩んでいた。辞書の旅と書と音の特集「は」を「始め」にするか、はたまた「花」や「華」にするか。どれも魅力的で決めきれず、迫る締切。

私の広辞苑は三冊組だ。「あ」〜「さ」行で前巻だったので、もう大した山はないであろうと油断していた。「た」行が多そうなのは予想していたが、「あ」〜「さ」と比べると楽勝の四一〇ページ。しかし「は」行では苦戦した。意外と多かった語数に疲弊した。後から調べてみると「は」行は、四三四ページ。後巻で最長だった(笑)

さらに「は」行では世界遺産にも悩まされた。「あ」や「か」行は未集計だが、ここまでの感触では「は」行が最も多そうだ。一ページの中に二つ以上登場することも頻繁にある。そのたびに調べ、書き、呟き、繋ぎ、飛ばさなければならない。

というのも、「か」行の途中で面白いことができると、「広辞苑で世界遺産巡り」という企画を始めてしまったからである。Twitter(X)の引用投稿を辿れば、五十音順に繋がれた世界中の遺産を巡ることができる。しかし、この作業が時間を食うのであった。FacebookやInstagramではチェックインを行い、意識だけでも現地へ飛ばすルールにしてしまったから尚更だ。余計なルールを作ってしまった!

この図は、トロくさい講演会40【AIは人を神に近づけた】41【辞書と美女 南みゆか】(で初公開した貴重な資料(未完成)である。広辞苑の行別のページ数と行別の世界遺産の数を羅列している。ここから推測すると、世界遺産は「は」行が一番多そうだ。

いつか「あ」と「か」行を遡って研究するかもしれないが可能性としては低いだろう。 いまいちやる気にならないのは、世界遺産は世界中に千個以上もあるということを知ったからだ。また、この中型辞典を一日三ページ読み、書き、呟くペースにも、相当な無理を感じている。頭もだいぶ面白くなってきた。

私はコロナ禍を期に、具鷲庵という書道部屋に寝泊まりしている。日々、部屋中に壁紙のように、書を埋め尽くしていく。高尚な言葉もそこそこに、下ネタなどの俗語も混じる。先述の通り世界遺産も多い。YouTube番組、具鷲個展を撮影する度に書がすべて変わる。薄暗い地下室ではあるが、聖域や結界のようにも感じている。

先日、明け方に目が覚めた(よくあることだが)。そのとき、ある閃きを感じた。日本の国旗の赤い丸は、太陽の象徴なのではないか、と。調べてみると、日章旗だからそうだった。 天照大神(あまてらすおおみかみ)は太陽を神格化した神だ。字の通り、すべてを照らす大きな神さま。日本の国旗を見ると心が落ち着くのは、太陽に守られている愛を感じるからだろうか。

私は辞書の旅を通じて、改めて太陽に感服している。もうどうやったって太刀打ちのできない、絶対的に強く、人間クラスの奇跡を起こしたところでどうにもならないくらい圧倒的な存在で、我々を毎日生かしてくれている。改めてこの恒星を見てみれば「毎日」の「日」は、太陽の日じゃないか。

太陽の何が凄いのか。端的に言うと、太陽系の質量の99.8㌫が太陽ということだ。一瞬、印刷ミスなのでは、と目を疑ったくらいである。言っても信じてもらえなかったこともある。水、金、地、火、木、土、天王、海王の星すべて含めても、太陽が「ほとんどすべて」なのである。さすがは太陽系と言われるだけある。このくらい圧倒的だと誰も文句を言えない。

太陽を思えば、謙虚な気持ちを取り戻せる。傲慢になりそうなとき、人間関係に悩んでいるときには、太陽の語釈を読むと善い。自分の小ささがわかるというものである。 そして改めてこの惑星を見てみると、星がつかないのは太陽と地球、衛星ではあるが月だけだ。不思議な縁を感じる。

ところで、私は金魚を飼っている。今は4、5歳になる蘭鋳(らんちゅう)の「らんらん」を一匹だけ。昨年まで赤かった体色が、今では白銀の雪の色になってしまった。

金魚なのに白。でも、金魚は金色ではないし、青信号も青ではなく緑だ。太陽も月も同じだ。 言葉と現実の間には、こうしたズレが実に多い。辞書の旅は、そのオンパレードだ。辛いと言えば辛いが、雑談ネタには100㌫困らない。

辞書の旅の情報量は、たとえ一ページでも話題に事欠かない。 高校時代の国語の先生の言葉が忘れられない。

「この世で一番割安な本を知っているかい。それは辞書だ。この値段でこれだけの的確な情報が載っている本は、辞書以外にない。大変貴重な書物なんだ」

辞書の旅を始めた私は思う。辞書は侍だ。辞書は何も言わず、ただ静かに、多くは閉じたまま、役に立つ時をただ待っている。私は全部読んでやるからな。

辞書の旅から生まれた曲を配信する中で「宇宙の歌」という自分史に残る永久不変の名曲ができた。その中の「宇は空、宙は地」の名フレーズもさることながら、

「君は見失われた存在じゃない。小さくもないし異質でもない」

の部分も、宇宙の愛、太陽の愛、月の愛に毎日恵まれていることがわかる。

私はこれまで、月のことを美しく風情のある存在として捉えていた。もちろん波を作ったり、感情に起伏の影響を与えたりする凄い存在ではあるのだけれど、生命に直接的な影響はないと捉えていた。しかしよく考えてみると、もし波が無くなったら、遅かれ早かれ人類は存亡の危機に陥るだろう。

太陽ほど圧倒的な偉大さではないにしろ、月も奇跡的に調和し続けている。つまり、月の愛に我々は毎日包まれていることになる。こちらが「今夜の月は特別綺麗だねえ」と愛でていたつもりが、向こうからも愛されていたとは。

私たちに血液が流れるのも、きっと月のお陰だろう。いや、科学的には、巨大な海と比べると人間の体積は無いに等しいから影響は受けないとされている。しかし、もし月が今夜から無くなったら、大変なことになるに違いない。

月の存在(引力)に甘えた状態で人間を含めた全生命は作られているので、甚大な影響を受ける可能性が高い。当たり前すぎて気づかなかったが、これは大変なことである。

太陽も月も、有って当たり前だと私たちは思っている。でも実は、太陽と月の愛に明日も守られることも自覚したい。明日の「明」は太陽と月だと、有り難い説法で学んだ。

というわけで今月もブルート通信の始まりです。歌は全部名曲ができたと自己満足しております。乞うご期待です。

次のページからは大好評のラーメン特集です。もう12回目になります。

なにとぞ、よろしくお願いします。

明るく生こまい
佐藤嘉洋